大谷知子

子供の足と靴のこと

連載㉚ 『リサのあかいくつ』の教訓

amazonを知らない人はいませんよね。家電、日用品からちょっとこだわりの商品に至るまで、何でも購入できて、このECサイトが書籍販売から始まったことを忘れてしまうくらいです。
日本版サイトが立ち上がったのは、2000年頃だと思いますが、私は、その頃から結構なヘビーユーザー。街の書店が雑誌と文庫本に絞った品揃えになる中、有名大型書店に足を運ばなくても欲しい本が買えるので重宝していました。
それで本家本元の米国版、つまりamazon.comも時々、覗いたりしていたのですが、ある日、試しにと「shoes」と入れて検索して、びっくり!1万以上のタイトルがヒットしたのです。
とてもすべてはチェックしきれませんでしたが、スクロールしページを繰ってみると、小説、歴史をひもとく写真集、デザイナー作品集、またカレンダー、それに業界団体のアニュアルレポート等々。それはそれは多岐に渡っていました。
そして気づいたのが、幼児向け絵本の多さ。当時、NHK教育テレビで放送されていた「セサミストリート」で、靴のことを取り上げている回を観た記憶が蘇りました。絵本もしかり。靴は、幼児教育、あるいは躾けのすごく一般的なテーマなんだ!と思ったのでした。

●新しい靴を買ったリサに起きたこと…
翻訳し出版された海外の絵本が、手許に数冊あります。その中から一つ紹介します。
『リサのあかいくつ』です。
アメリカではなくオランダのものですが、あらすじを紹介します。
リサは、靴が古くなったので、新しいものを買ってもらえることになりました。どの靴にするか、リサは、もう決めてありました。
喜び勇んで靴屋さんに行くと、「これは最後の一足。サイズは?」。試してみると、小さい。それでもリサは、「あれがいいの、ぜったいあのくつ!」。お母さんは、別の靴にするように言いましたが、リサは聞きません。ついにお母さんは根負け。
その晩、リサは嬉しくて、買ってもらった靴を枕の横に置いて寝ました。
今日は、おばあちゃんの誕生日。買ってもらった靴を履いて、お祝いに出掛けます。
ところがバスの中で親指がちょっと痛くなりました。電車に乗る時は、小指がちょっと。電車の中では、靴を脱いでいました。
駅からおばあちゃんの家までは、歩かなければなりません。着いた時は、爪先が全部、それに踵も痛い。
おばあちゃんは、新しい靴をほめてくれました。脱ぐわけにはいかなくなり、リサはトイレに。鍵を掛けると、トレイの中に立ち、水を流して、ああ、いい気持ち。
でも、また履かなければなりません。
家に戻った時、痛さは絶頂。玄関で泣き出してしまいました。
お気に入りの新しい靴は、戸棚の中へ。
リサは、まだ履ける古い靴で飛んだり、跳ねたり、遊び回っています。
トイレの便器に立って足を冷やすなんて、思い付かないし、思い付いても行動に起こせるものではありません。リサちゃんは、よほど痛かったのでしょう。

●原題は「IK WIL DIE」=「欲しい」
作者は、文がインメ・ドロス。子ども向け本の作家、翻訳家として高名。絵のハリー・レーゲンは、その夫。元々は映画監督、グラフィックデザイナー、また作曲家。妻のために絵を描くように。この作品は、オランダ語圏で出版された、優れた児童書に贈られる「石筆賞」の銀賞を受賞しています。
「赤い靴」は、アンデルセンの童話を始めとして映画、また「あかいくつ はいてた おんなのこ」と野口雨情による童謡と、さまざまに登場します。可愛さ、夢、熱情、その裏側に秘められた儚さ…。なんの象徴なのだろうか…。
ところが原題は、「IK WIL DIE」。オランダ語ですが、グーグル翻訳のお世話になったところ、「欲しい」と訳されました。
なるほど…。
欲しいに任せると、痛い思いをしますよ。それをいちばん教えてくれるのは、靴。いくら欲しくても、サイズが小さい靴を買ってはいけません。
教訓的に解釈するなら、「リサのあかいくつ」は、こんなことを言わんとしているのでしょうか。

『リサのあかいくつ』の画像

『リサのあかいくつ』の画像『リサのあかいくつ』ハリー・ゲーレン絵・インメ・ドロス文/いずみちほこ(泉千穗子)訳・セーラー出版・1993年刊

大谷知子(おおや・ともこ)
靴ジャーナリスト。1953年、埼玉県生まれ。靴業界誌「靴業界(現フットウエア・プレス)」を皮切りに、靴のカルチャーマガジン「シューフィル」(1997年創刊)の主筆を務めるなど、靴の取材・執筆歴は約40年。ビジネス、ファッション、カルチャー、そして健康と靴をオールラウンドにカバーし、1996年に出版した「子供靴はこんなに怖い」(宙出版刊)では、靴が子どもの足の健全な成長に大きな役割を果たすことを、初めて体系立てた形で世に知らしめた。現在は、フリーランスで海外を含め取材活動を行い、靴やアパレルの専門紙誌に執筆。講演活動も行っている。著書は、他に「百靴事典」(シューフィル刊)がある。