大谷知子

子供の足と靴のこと

連載76 子ども靴の購入予算は、知識・情報量に比例する。そして…

日本靴医学会というものがあります。靴関係の仕事に携わっている方はもちろん、ご存じでしょう。
1987年の創立以降、年に1回学術集会を開催。主に靴による足の病変の予防・治療や治療具としての靴の技術向上、また足がどんな状態にあるかなど、医師、研究者を筆頭に靴メーカーなどの靴関連企業、さらに靴や足に関わる団体などが研究発表を行っています。
今年は、9月に仙台市で開催されましたが、開催テーマは「こどもにいい靴みんなにいい靴」。今集会の会長は、宮城県立こども病院の先生だったことが関係しているのでしょうが、子ども靴への関心が高まっているのは、事実だと思います。
講演、セミナー、そして50近い研究結果が発表されましたが、子どもに関わる発表の中から保護者を対象としたアンケート調査を紹介します。
調査・発表を行ったのは、日本足育プロジェクト協会。足育の普及を目的に足育アドバイザーⓇを養成し足育講座を行っている団体です。

●2群に分けてクロス分析をしたら
発表のタイトルは、「全国保護者アンケート調査による足育啓発活動全般の教育効果と課題」。要するに足育、つまり足育アドバイザーⓇなどが開催する講座に参加するなどして、足を健康に育てること、そしてそのツールとなる靴の大切さを知ると、子ども靴に対する意識や購買行動にどんな変化が生じるか、調査したのです。
調査方法は、Googleフォームを用い、調査対象は全国の3歳から小学3年生までの子を持つ保護者。回答の呼びかけは、Ⓐ学校や保育園やこども園などの園に文書を配布、Ⓑ足育アドバイザーⓇのブログやSNSなどでの二つ方法。得た回答は、551。このうち有効回答は、543でした。
これを集計すると、前記の呼びかけ方法ⒶⒷで有意差があることが明らかになり、ⒶⒷの二つの群に分けてクロス集計を行いました。
質問は、22項目に及びますが、その中で興味深いのは、「普段履き(外履き)の購入予算」です。
下の図が、その結果をまとめたものです。
ⒶⒷ群とも中央値は「4,000円まで」でしたが、平均値は、「Ⓐ群=3,932円」「Ⓑ群=4,607円」と、Ⓑの方が600円以上高い。また、両群とももっとも高い回答は「8,000円以上」だったが、回答の分布は、B群の方が高い価格にシフトしています。
Ⓐ群、Ⓑ群の違いは、Ⓑ群は「足育アドバイザーⓇの呼びかけ」ですから、足育講座に参加したり、足と靴で困ったことを相談したりと、足の成長と靴の大切さについて知識や情報を持っていると言えます。
つまり、足と靴の大切さを認識し、それについての知識・情報量が増えると、自ずと購入する靴を吟味するようになり、その結果、購入予算がアップする。そうは言えないでしょうか。

画像資料提供:日本足育プロジェクト協会

●靴売場の一言が、垣根を越えさせる可能性
そしてもう一つ、印象に残ったのが、発表の最後の一言。次のように締め括りました。
「社会全体へ(足育の)啓発を広げるために、予算の垣根を越えて日常で取り入れられる靴習慣を伝えることも重要です」。
私は、日常的に料理をしています。“いつもよりおいしい!”と喜んでもらえると、塩加減はこの程度が良いのかと学ぶし、もっとおいしいものが作りたくなります。メニューが一辺倒だと感じると、それを克服したくなります。たくさんの野菜をもらうと、どう調理するかを考えます。すると、自ずとレシピ情報が気になり、ネットで検索するなどします。こうしてレシピの蓄積が増えると、料理家のレシピ情報に頼らなくても、蓄積したものを組み合わせて、普段とは目先の変わった料理が作れるようになります。
要するに、問題は、自ら動くきっかけかと。
このアンケート調査では、「お子さんの靴選びにあたり、特に参考にする情報は?」と選択肢を挙げて質問していますが、Ⓐ群でもっとも多い回答は、「靴販売員」でした。
靴売場に立っている人が、子ども靴の大切さについての情報を発すると、それがきっかけになり、消費者は、“こどもにいい靴”についての情報を求めるようになり、その結果、購入価格がアップする。言い換えると、子ども靴の販売価格が上がる。もし購入予算を超えられない事情があったなら、知識・情報の蓄積量に応じて、知識・情報を使いこなし、予算の範囲内でより良い靴が選べるようになる。また、販売に携わる人が、買い易い価格の範囲内でより良い靴を勧め、その靴のマイナス点を軽減する方法を伝えたら、その販売員や店への信頼度が上がる。
そんなことが可能にできれば、子ども達に“いい靴”を届ける一助になるのではないでしょうか。
このコラムも、子ども靴に興味を抱くきっかけになってくれたらと願っています。

 

大谷知子(おおや・ともこ)
靴ジャーナリスト。1953年、埼玉県生まれ。靴業界誌「靴業界(現フットウエア・プレス)」を皮切りに、靴のカルチャーマガジン「シューフィル」(1997年創刊)の主筆を務めるなど、靴の取材・執筆歴は約40年。ビジネス、ファッション、カルチャー、そして健康と靴をオールラウンドにカバーし、1996年に出版した「子供靴はこんなに怖い」(宙出版刊)では、靴が子どもの足の健全な成長に大きな役割を果たすことを、初めて体系立てた形で世に知らしめた。現在は、フリーランスで海外を含め取材活動を行い、靴やアパレルの専門紙誌に執筆。講演活動も行っている。著書は、他に「百靴事典」(シューフィル刊)がある。