大谷知子

子供の足と靴のこと

連載66 「靴ひも」というタイトルの二つの映画

私は、靴ひもに囚われているようです。
今回は、「靴ひも」というタイトルの映画のお話。それも二つです。
最初の「靴ひも」は、2020年秋に日本ロードショー公開されたイスラエル映画です。ある動画配信サイトで見付け、靴ひもオタクとしては、見ねばなるまい。
主人公は、エルサレムで自動車修理工場を営む60代のルーベンとその息子のガディ。30代とおぼしきガディには発達障害があります。ルーベンは、元々、夫婦仲が悪かったものの、産まれた子どもに障害があったことを契機に離婚。ガディは、ずっと母親と暮らしていました。
ところが母親が亡くなり、ルーベンは、ガディと暮らすことに。ガディは、食事の盛り付け、野菜の切り方など、細かいことにこだわりがあり、ルーベンを悩まします。加えてルーベンは、体調が優れなくなってきます。そんな折、様子を見にやって来たケースワーカーから特別給付金を受けてはと提案があり、「面接のための練習をしておいてね」と。
面接官がやって来る日、ルーベンは「今日だぞ、分かっているな」と。ガディは「お芝居をする日だね」と答えます。
面接官がやって来ます。そして、「靴ひもを結んでみて」と。
ガディは、結ぼうとしますが、結べません。これが、お芝居か!でも、わざとには見えない。本当に結べないみたいだ…。
一緒に暮らすうち、二人の心は通い合っていきますが、一方でルーベンの体調不良は進行。ある夜、ついに倒れてしまいます。実は、ルーベンは腎不全。内緒で透析を受けていたのですが、治療の手立ては腎臓移植しかないことを告げられます。
ガディは、「パパに僕の腎臓をあげたい」と懇願します。しかし、特別給付金支給の面接を受けたことによって、ルーベンはガディの後見人となっており、後見人は被後見人、つまりガディから腎臓の提供を受けられない決まりと告げられます。
それでも食い下がるガディに面接官は「あなたは靴ひもも結べないのよ」と。ガディは「できるよ!」と結ぼうとしますが、結べません。
それでもガディは諦めず、懇願を続け、ついに腎臓の提供が認められます。
移植手術の日、最後に二人は手を結び合い、別々の手術室へ。手術は成功!しかしルーベンは感染症を併発し…。
施設で暮らすことになったガディ。そこには一時入所したことがあり、気に入った女の子がいました。その子と再会。女の子は、ガディに「靴を修理しなきゃ」と。ガディは「違うよ、結ぶと言うんだよ」と返し、靴ひもをしっかりと結び、二人が手を繋ぎ歩いていく後ろ姿を映して終わります。

「靴ひも」DVD(発売元マジックアワー)と『靴ひも』(ドメニコ・スタルノーネ著・関口英子訳・新潮社発行)の画像
「靴ひも」DVD(発売元マジックアワー)と『靴ひも』(ドメニコ・スタルノーネ著・関口英子訳・新潮社発行)

●家族を再び結び付けた靴ひもの同じ結び方
もう一つの「靴ひも」は、正しいタイトルは、「靴ひものロンド」。この秋に公開されたイタリア映画です。
しかし、知った時には既に近隣の劇場での上映は終了。これから上映の劇場は、遠方ばかり。公開が終了していないので、配信されていないし、DVDも発売されていません。
原作の小説があるので、それを読むことにしました。
原作は、イタリアの小説家、ドメニコ・スタルノーネの『Lacci』。“lacci”は、「投げ縄、細ひも」、あるいは「策略、絆」といった意味。小説の和題は『靴ひも』です。
1980年代初めのナポリ、仲睦まじく暮らしていた4人家族は、夫の浮気で崩壊。妻は、精神の異常を来して行き、二人の子どもは複雑な心境を抱えつつ、両親の間を行き来します。そして、数年の後、ある些細なことをきっかけに家族は再び一緒に暮らし始めます。
小説は、三部構成。第一部は妻のヴァンダ、第二部は夫のアルド、第三部は娘のアンナと、語り手を変え、立場の違うそれぞれが家族と生活をどのように捉え、思っていたかが、独白体で綴られています。
タイトル「靴ひも」に通じるのは、第三部。40代になったアンナと兄・サンドロ(映画ではアンナが姉でサンドロが弟の設定のようです)のある日の出来事がアンナの視点で語られていますが、次のような件があります。
サンドロが言います−−お父さんと三人で食事をしていた時、おまえが、兄さんの靴ひもの結び方は、お父さんの真似?って聞いたんだ。お父さんは、僕がお父さんと同じ結び方をすることを知らなかったが、感激し、突然、泣き始めたんだ。
アンナは、そのことを全く覚えていなかったのですが、家族が再び一緒に暮らし始める些細な出来事とは、これです。

第一の映画「靴ひも」を観た時、日本ではどうか知りませんが、行動のレベルを測る一つの指針となるほど、「靴ひもを結ぶ」という行為は、基本的なものだということで書こうと思っていました。
でも、第二の「靴ひも」を知り、小説『靴ひも』を読んで考えが変わりました。
教えてもいないのに、子どもが親とそっくりの仕草や行動をするのは、よくあることであり、一緒に生活していること、あるいは血のなせる技。お父さん・アルドが感激し泣いたのは、まさしく「Lacci=絆」に気づいたからではないのか。また第一の「靴ひも」でも、ガディと女の子との絆は、靴ひもを結ぶことで結ばれました。
お父さん、お母さん、靴ひもを結び、またやり方を教え、家族の絆を結んでみませんか。

大谷知子(おおや・ともこ)
靴ジャーナリスト。1953年、埼玉県生まれ。靴業界誌「靴業界(現フットウエア・プレス)」を皮切りに、靴のカルチャーマガジン「シューフィル」(1997年創刊)の主筆を務めるなど、靴の取材・執筆歴は約40年。ビジネス、ファッション、カルチャー、そして健康と靴をオールラウンドにカバーし、1996年に出版した「子供靴はこんなに怖い」(宙出版刊)では、靴が子どもの足の健全な成長に大きな役割を果たすことを、初めて体系立てた形で世に知らしめた。現在は、フリーランスで海外を含め取材活動を行い、靴やアパレルの専門紙誌に執筆。講演活動も行っている。著書は、他に「百靴事典」(シューフィル刊)がある。