連載63 赤ちゃんの土踏まず
赤ちゃんの足には、土踏まずがありません。
こんな記述を目にすることがあります。
あれ、でも、でも…。私は、そう思います。
孫のそうちゃんが生まれたのは、コロナ禍の真っ只中。面会は叶わず、初対面は画像。お父さんに成り立てほやほやの息子が、まっさらさらの赤ちゃんの様子を毎日のように送ってくれました。すやすやと眠っているところ、今にもオギャーオギャーと聞こえそうな泣き顔…。退院の日には、ベビー服に着替えた、そうちゃん。その裾から足が見えていました。
そしてその足の裏には、しっかり窪みがありました。
息子は、4000グラムを超える大きな赤ちゃんでした。新生児室の2000グラム台の赤ちゃんと比べると、二回りは大きい。ほっぺはぷくぷく、体は脂肪がたっぷりついてまるまる。でも足の裏には、ちゃんと窪みが見て取れました。
足の裏の窪みは、つまり土踏まず。こうした経験に照らすと、赤ちゃんにも、土踏まずはあるのです。
『プロフェッショナルシューフィッティング』という本があります。
アメリカの著名な靴研究者、ウィリアム・A. ロッシ氏が共著で出版した、足の解剖学から説き起こす靴合わせの専門書です。1987年、日本製靴(現在のリーガルコーポレーション)が同社の熊谷温生(くまがい・なおみ)さんの翻訳によって日本語版を出版。当時は、足の健康と靴との関係が注目されており、フィッティングや健康靴に取り組む人たちにバイブルのように受け入れられました。
その本の「幼児と小児の足の解剖学」という項に、次のような記述があります。
「乳児が生まれた時には、扁平足でアーチがない、と信じている向きもあるが、整形外科医や解剖学者によれば、それは正しくない。出生児の足底には厚い脂肪のパッドがあるため。時たまこれがアーチを覆い隠し、扁平足であるかのような印象を与えることがあるだけで、アーチは非常によく見える。骨格構成の初期段階にある乳児の足が、はっきりアーチ型になっていることこそ、注目に値する。(後略)」
このように土踏まずをつくり出している、骨のアーチ型の構造が乳児、つまり赤ちゃんの時から存在していることは、医学的、学術的に既定の事実なのです。
生後1週間
2歳2ヵ月
●与えられた種を育て、傑作を完成させる
しかしこんなことを書いて、何が言いたいのか。
“生まれた時から土踏まずはあるので安心して”と言いたいのではありません。その逆です。
『プロフェッショナルシューフィッティング』が「注目に値する」と書いているように、生まれた時から骨がアーチ構造を持っているというのは、すごいことだと思います。
でもその骨は、多くが軟骨であり、小さく、骨と骨との間は隙間が空いており、かつ靱帯や筋肉が発達していない。その構造は非常に脆弱です。
だから1歳〜1歳半になり、一人で立ち、歩き始めた時、足の状態を後ろから見ると、踵が外を向き、甲部分は内側に倒れ込んだような格好になっています。
自分の体重でアーチが潰れ、扁平足のような状態になってしまっているのです。
土踏まずとして認識されているアーチは、もっともはっきりとした内側縦アーチ、緩やかな外側縦アーチ、それに趾の付け根の通る横アーチの三つあり、ドームのような構造になっています。
教会建築に見られるドーム型の屋根は、雨風に強く耐久性に優れているように、足は、ドーム構造によって全体重を支え、いくら歩いたり走ったりしても、滅多なことでは壊れません。また、バネの役割も果たしており、歩行時の衝撃を吸収し、かつスムーズに歩くための推進力を付けています。
でも、自分の体重で潰れてしまうようなアーチでは、上記の役割を果たせません。アーチに与えられた仕事をしてもらうためには、強固な構造へと育てなければなりません。そして育てる最良の方法は、足を使うこと、歩くことです。
レオナルド・ダ・ヴィンチは「足は工学上の傑作である」という言葉を遺しているそうです。傑作の所以が、アーチ構造にあることに間違いないでしょう。
生まれた時、既に傑作の種を与えられているのです。たくさん歩かせて、傑作たる足を完成させましょう。