大谷知子

子供の足と靴のこと

連載84 そうちゃんとくつ — “こっちがいい!”《余談》

前回、“こっちがいい!”と子どもが自発的に靴を選ぶメカニズムについて考えを巡らせました。ネットサーフィンは、ほとんど死語だそうですが、糸口になる情報を探すためにネット上をあっちに行ったり、こっちに行ったり。その中で、前回は書きませんでしたが、興味深い言葉や事象に出合いました。
その一つは、「身体化」という言葉です。
不安やストレスが身体の不調になって現れることを意味しているそうです。例えば、朝、子どもを起こすと、お腹が痛いと。ベッドから出ても、何度もトイレに駆け込む。仕方なく、学校を休ませる。これが頻発するようになり、ついには不登校に。腹痛は、仮病ではない。学校に行きたくないというストレスが、腹痛という身体症状として表れる。
これが、身体化です。
この言葉に出合い、意味を知った時、もしかしたら逆も起こり得るかもしれないと思いました。
つまり、そうちゃんは“こっちがいい!”と言いつつ、実際はサイズアウトしつつあり、足=身体は、何らかの不都合を感じていたのかもしれない。しかし、“こっちがいい!”という認知が、身体が感じている不都合をかき消した。
こんなことも、あり得ることではないのでしょうか。
また、小さな幼児は、足の骨の骨化が進行中で軟骨部分があり、その足は脂肪で覆われているので柔らかい。そのため痛みを感じにくいとも言われています。
心と身体は密接に関係し、身体とは、摩訶不思議。子どもの言うことを信じるなというと語弊がありますが、靴購入時のフィッティングだけでなく、その後も、知識と判断力を持った大人が、小さくなっていないかなど、見て触って確かめる必要があると思ったのでした。

そうちゃんの画像

●スキンシップが幸せホルモンの分泌を促す
もう一つ、認識を新たにしたのは、触る、つまりスキンシップの重要性でした。
スキンシップは「身体化された認知」という理論が関わっているようなのですが、ネットで見つけたいちばん分かり易い解説を引くと、「身体化された認知」とは、「私たちの知識や記憶は身体が経験する感覚や運動と結びついている」ということだそうです。
分かり易い例を引くと、人と会う時、暖かい飲み物でもてなした方が、もてなされた人は、もてなした人を「優しい人」と認知する。こんなことのようです。そして、認知を形づくる経験や感覚の受容機関としては、皮膚が重要のようなのです。
ある研究論文に、次のような記述がありました。
7〜12歳の女児と母親を対象に、スピーチを行うなどのストレスが高まる状況の後に、(a)母親とのスキンシップ、(b)母親との電話越しの会話、(c)映画鑑賞(母親とのスキンシップや言葉による励ましなし)を行った。そしてスピーチの前後でホルモンの測定を行った。するとスピーチの直前に「ストレスホルモン」と言われるコルチゾールというホルモンの分泌が高まり、スピーチ後は(a)、つまり母親とスキンシップを行ったグループが、オキシトシンというホルモンの分泌がもっとも高かった。
オキシトシンは、「幸せホルモン」とも呼ばれるホルモンです。
また、同じ論文に1940年代のアメリカの事例が紹介されており、ある孤児院で最新の育児方法として乳児にあまり触れずに育てることを取り入れたところ、医療技術や衛生・栄養管理の質が高まっていたにもかかわらず、孤児院の子どもたちの3分の1が亡くなっていた。にわかに信じがたいですが、身体接触の不足がストレスを引き起こし、成長ホルモンの分泌が妨げられたことが原因だと指摘されているというのです。 それほど身体に触れることが、子どもにとって大切なのか!と驚くばかりです。
我田引水よろしく靴に引き込むと、自然と一人で履けるようになるまで、履かせてあげることでスキンシップする。そうすることによって、親も、子どももオキシトシンの分泌が高まり、幸せな気分になり、良好な関係が育まれるのではないでしょうか。

 

大谷知子(おおや・ともこ)
靴ジャーナリスト。1953年、埼玉県生まれ。靴業界誌「靴業界(現フットウエア・プレス)」を皮切りに、靴のカルチャーマガジン「シューフィル」(1997年創刊)の主筆を務めるなど、靴の取材・執筆歴は約40年。ビジネス、ファッション、カルチャー、そして健康と靴をオールラウンドにカバーし、1996年に出版した「子供靴はこんなに怖い」(宙出版刊)では、靴が子どもの足の健全な成長に大きな役割を果たすことを、初めて体系立てた形で世に知らしめた。現在は、フリーランスで海外を含め取材活動を行い、靴やアパレルの専門紙誌に執筆。講演活動も行っている。著書は、他に「百靴事典」(シューフィル刊)がある。