連載65 「靴を紐とく展覧会」が教えてくれたこと
都内三軒茶屋の「生活工房」で「シュー・ウィンドウ 靴を紐とく展覧会」が開催されています。
生活工房は、世田谷区による文化施設。(公財)せたがや文化財団が運営していますが、観る、触る、感じるといった体験を通して、豊かさとは何か、文化とは何かを問いかけ、暮らしの中で何気なく使っているモノ、やっているコトに、“なぜ”をもたらすことを大切にしていると言います。さすが世田谷区というべきか、ひと味違います。
開催中の展覧会も、ユニークです。靴の展覧会というと、技巧を凝らした紳士靴、オブジェのようなハイヒールやプラットフォームが並んでいる光景を思い浮かべませんか。
この展覧会には、そういう作品は、一つもありません。
並んでいるのは、色とりどりのテープでデザインされたスニーカー。どれ一つとして同じものはありません。
でも、スタイルは一つ。みんなバスケットシューズのようなハイカットのスニーカーです。
そしてさらによく観ると、もう一つ、気づくことがあります。
下の会場内を写した画像を見てください。右側の列に並んでいるスニーカーには、紐が付いていません。
どうやらこの展覧会場は、靴工場と売場を想定してデザインされているようです。
工場なので、未完成、つまり半製品の靴があって当然です。
右側の紐のついていない靴から左側の靴を完成させました
●“靴郎堂本店”こと、佐藤いちろうさんが制作
スニーカーは、新聞紙に布製のガムテープを貼って作られています。
このユニークな靴を考案したのは、くつクリエーターとして活動する“靴郎堂本店(くつろうどうほんてん)”こと、佐藤いちろうさんです。
佐藤さんは、あるアート・プロジェクトに参加し、ダンボールでオブジェを作った時、ガムテープをペタペタ貼ることが、靴型にデザインテープを貼る工程に似ているのに気づき、ガムテープで靴を作ることを思い付いたそうです。
詳しいことは省きますが、平面の布や革を立体の靴にするために、靴づくりのベースである靴型と呼ばれる立体の型にデザインテープと呼ばれるテープを貼り、それを剥がして靴型表面の形状を平面として写し取る。靴づくりは、この作業から始まります。
ガムテープの靴づくりのメリットは、ミシンなどの道具を使ったり、特別な技術を身に付けなくても、誰でも靴づくりが体験できることです。
そもそも佐藤さんの“靴郎堂本店”としての活動の目的は、大量生産・大量消費の社会で失われているモノ本来の意味・意義に、創作活動を通して気づいてもらうこと。それを実現する一つとして、“ガムテープのズックやさん”と称してさまざまな場所でワークショップを開催してきました。
もちろん、この展覧会でもワークショップを開催。展示されている完成品のスニーカーは、ワークショップに参加した、主に子ども達が作ったものです。
子ども達は、まず自分のサイズの半製品の靴と好きな色のガムテープを選び、そのガムテープで履き口の部分を補強。次に長方形に切られた新聞紙にガムテープを貼り付け、ベロを作り、さらに紐を通す穴を開け、ハトメを取り付け、履いて歩ける靴を完成させたのです。
ワークショップの一場面。専用の道具を使い、紐を通すハトメを取り付けています
●半製品の靴では歩けない
私も、いまさらながら気づきました。紐が取り付けられていない靴は、まさに半製品。足を入れることはできますが、歩こうとするとすぐに脱げてしまい、靴として機能しません。
そして、このコラムの連載㉒で書いた、アンドレセン先生の授業を思い出しました。
先生の「靴を発明しましょう」という言葉に促され、子ども達は、さまざまな素材を足に巻き付けますが、それを足に固定するために、多くの子どもが使ったのが、紐でした。
靴は、足と一体化していないと、歩く道具として機能しません。そして足と一体化を図るための最も原初的な手段が、紐です。それが、技術開発によって利便性を高めたのが、ベルクロやマジックテープとも言われる面テープ、さらに言えば、紐や面テープがついていない、いわゆるスリッポンは、型紙技術の進化によって、紐やベルトを使わず靴と足の一体化を実現したものと言えます。
でも、完成品として提供される靴は、そのスタートや技術の進歩を語ってはくれません。
“ガムテープのズックやさん”で靴づくりを体験した子ども達が、紐が付いていない靴は脱げてしまうこと、紐が果たしている役割に気づいてくれたなら、口を酸っぱくして、靴の正しい履き方を教えなくても、自発的に足と靴が一体化するように履くようになるのではないでしょうか。
そして生活工房と佐藤さんの思いは、子ども達に伝わったと思います。
完成した靴。ちゃんと歩けます。