大谷知子

子供の足と靴のこと

連載73 カンヌにかこつけて靴映画「運動靴と赤い靴」を紹介

強盗、殺人、その中には虐待の末にわが子をというものも。連日、こんなニュースに触れていると、日本はどうしてこんな国になってしまったのかと、気持ちが沈みます。
そんな中で明るい気分にさせてくれたのが、役所広司がカンヌ国際映画祭で最優秀男優賞を受賞というニュース。それも、世界的な映画監督、ヴィム・ヴェンダースが日本で撮った作品で。是枝裕和監督の「怪物」も、独立賞のクィア・パルム賞と脚本賞を受賞です。
そんな訳で、今回は、映画です。
靴が重要な役割を果たすなど靴映画とも言える作品が、少なからずあります。分かり易いところでは、「赤い靴」やドロシーがルビーの靴の踵を鳴らす「オズの魔法使い」。どちらもおとぎ話や児童文学をベースにしたものですが、オリジナル脚本、加えて子どもが主役の映画では、何と言っても「運動靴と赤い金魚」ではないでしょうか。

●妹の靴をなくしてしまった、どうしよう…
「運動靴と赤い金魚」は、マジッド・マジディ監督によるイラン映画です。あらすじをざっと紹介しましょう。
剥がれたソールに糊をつけ糸で縫っている。靴修理屋のシーンから始まります。靴は、大きなリボンの付いたピンクの子ども靴。可愛いデザインですが、かなりくたびれています。修理が上がるのを待っているのは、男の子。主人公のアリです。
アリが次に向かったのはパン屋。アリは、お使いの途中なのです。そしてパン屋の後は、八百屋に行きます。
アリは、修理が終わった靴が入った袋をわざわざ八百屋の店頭に積まれた空き箱の間に突っ込み、頼まれたじゃがいもを袋に詰めていると、たまたまやってきたゴミ収集の男が、靴の入った袋をゴミだと思い持っていってしまいます。
肩を落として帰宅すると、家賃の滞納をなじる大家と母が言い争っています。部屋の中には可愛い妹、ザーラ。「靴は?」と言われ、事情を話します。ザーラは、半べそをかいて「明日、学校に行けない」と。
夜になってお父さんが帰ってくると、家計のやりくりについてお母さんと言い争いが始まります。アリの家は、貧しいのです。新しい靴を買って欲しいなど、言えるはずがありません。
アリが考え出した解決策は、アリの運動靴を二人で履くことでした。午前中は、ザーラが運動靴を履いて学校へ、午後は、アリが履いて学校に行くのです。映画中では解説はありませんが、イランはイスラム教国。小学校から高校まで男女別学だそうです。アリとザーラが通う小学校は、午前中は女子、午後は男子という別学なのでしょう。
さて、翌日からたいへんです、ザーラは授業が終わると全速力でアリとの待ち合わせ場所へ。そこでは突っかけ履きのアリが待ち構えています。アリは、急いで履き替え学校へと猛ダッシュ。そんな日々が続くある日、アリはマラソン大会の3等の賞品が靴であることを知ります。既に選手選抜は済んでいたのですが、アリは先生に頼み込みタイムを計ってもらい、出場できることになります。アリは、好タイムを出したのです。
大会の日、最初は後方にいたアリが、ゴール近くなると先頭グループへ。ゴールテープの直前、3位、いや2位……。
この後は、書かぬが花です。

画像
「運動靴と赤い金魚」DVD(発売元:NBCユニバーサルエンターテイメント

●靴がなくなると生活が成り立たない
賞品の靴が映し出されるシーンもありますが、カッコいいスニーカー。でも、ザーラの靴が欲しいのに、獲得できたとしても、どうするの? 靴屋に持っていって、女の子の靴に変えてもらえばいいか…。
もう一つのタイトル、“赤い金魚”は、いつ出て来るのか、これも観てのお楽しみ。
気になるのは、「赤い靴」、ドロシーのルビーの靴はもちろん、ルビー色=赤しかり、靴と赤がセットで出て来る例が多いこと。赤は、何のメタフォーなのでしょうか。
調べてみると、太陽、血、炎の連想から、赤は、活力、情熱、興奮、恋、また危険の象徴であり、さらに心理学ではリビドーに結び付き性的衝動の象徴でもあると言います。最後の性的衝動は、映画「赤い靴」の元になっているアンデルセンの童話『赤い靴』を思うと強く頷けます。
この映画の赤は金魚の修飾語として使われていますが、イスラム教では、魚は豊穣と知恵の象徴なのだそうです。
そういうことを抜きにしても、映画「運動靴と赤い靴」が教えてくれるのは、靴がないと毎日の生活に支障をきたす。靴は、生活を支えるものなのです。
お子さんと一緒に「運動靴と赤い靴」を観てみてはいかがでしょうか。

 

大谷知子(おおや・ともこ)
靴ジャーナリスト。1953年、埼玉県生まれ。靴業界誌「靴業界(現フットウエア・プレス)」を皮切りに、靴のカルチャーマガジン「シューフィル」(1997年創刊)の主筆を務めるなど、靴の取材・執筆歴は約40年。ビジネス、ファッション、カルチャー、そして健康と靴をオールラウンドにカバーし、1996年に出版した「子供靴はこんなに怖い」(宙出版刊)では、靴が子どもの足の健全な成長に大きな役割を果たすことを、初めて体系立てた形で世に知らしめた。現在は、フリーランスで海外を含め取材活動を行い、靴やアパレルの専門紙誌に執筆。講演活動も行っている。著書は、他に「百靴事典」(シューフィル刊)がある。