大谷知子

子供の足と靴のこと

連載52 ドイツの子ども検診手帳“黃色手帳”のこと まとめ

〈その一〉に書いた通り、ドイツに日本の「母子健康手帳」のようなものがあり、それには靴についてのチェック項目があることは、伝え聞いていました。調査は、それを実際にこの目で確かめたい。そんな気持ちでデュッセルドルフに住む友人に調査を頼んだのでした。
程なく調査結果が届きました。
レポートが添付されたメールの冒頭に「現在発行中の『黃色手帳』のサンプルがダウンロードできました。英語版もあります」。英語なら、自分で読める。“やったー!”です。
しかし、です。その次に「股関節脱臼の検査項目はありましたが、靴についての項目は、どの月齢にもありません」。ガーン!!!!!
添付されたレポートには、現在発行中の「黃色手帳」は、2016年に改訂されたものであること。どこが変わったかについて、Q&A形式に細かく広報されたものの翻訳も記載されていました。読んでみると、報告の通り、なぜ靴の項目がなくなったかの記載はありませんでした。
自分でも現在発行中のドイツ語版をチェックしました。〈その二〉で例に挙げた〈U7(21〜24ヵ月)〉のページを見ましたが、2008年当時発行の「黃色手帳」にあった「手足」を意味する〈Gliedmaßen〉の文字は、見当たりません。「手足」が含まれるとすれば、〈Bewegungsapparat (Knochen, Muskeln, Nerven)=筋骨格系(骨、筋肉、神経)〉と思われましたが、詳細な検査項目は、下記となっています。
・nspektion des ganzen Körpers in Rücken- und Bauchlage und aufrecht gehalten(仰臥位=あお向き、伏臥位=うつ伏せ、直立保持での全身の検査):
・Asymmetrien (左右が対称か)
・Schiefhaltung (姿勢の傾き)
・Spontanmotorik (自発的運動能力)
・Muskeltonus(筋力)
・passive Beweglichkeit der großen Gelenke (大きな関節の受動的可動性)
・Muskeleigenreflexe(筋反射)
意味不明のものもありますが、足、ましてや靴を想像できるものは、一つもありません。

●医師はトレーニングを受けていないので靴について判断できない...
なぜ、靴についての検査項目がなくなったのか。理由を知りたいし、知らなければなりません。
友人に調べて欲しいとお願いしました。
しかし、コロナ禍もあり難航しました。昨年11月以降、ヨーロッパ各国で再び感染拡大という事態に至りましたが、ドイツも同様。直接面談で調べることができません。電話やインターネットで調べてくれました。
その結果、「黃色手帳」を発行するG-BAの「子ども規約」といったものを当たるといいとのアドバイスを引き出し、その膨大な規約を読んでくれました。しかし、靴に関する項目に触れたものはなかったとの報告でした。
「G-BA」は、医師、歯科医師、病院、健康保険基金の共同自治によって運営される,ドイツにおける公衆衛生の最高意志決定機関とのことです。
万事休す!最終手段として思いついたのは、リコスタ社、それにWMSを運営するドイツ靴研究所に聞いてみることでした。
リコスタ社は「手帳から靴の項目がなくなっても、靴の重要性を分かっている医師は、靴を正しく履いているかをチェックしています」。
ドイツ靴研究所は、友人を通して質問してもらいましたが、すぐに次のような返事をくれました。
「『黃色手帳』は、乳幼児の健康診断のみに使用され、連邦医療協会(前記のG-BAのことと思われます)が担当しています。我々、ドイツ靴研究所には医学的背景はなく、手帳の発行には関与していません。
我々の使命は、靴メーカー、専門の報道機関や消費者向け報道機関との協力、また靴販売員のトレーニング、靴店へのアドバイス、それにホームページを通じて、正しい靴、その正しい履き方を広めることです。
これは、『黄色手帳』を補完する役割を果たすと言えますが、直接のコラボレーションではありません。多くの医療専門家は、トレーニングで正しい靴と履き方を学ばないため、靴のフィット感を評価するのが難しいと考えることができるのではないでしょうか」。
医師は、靴の爪先余裕が適正かといったことを判断できない。それが『黃色手帳』から靴についての項目がなくなった理由だと示唆しているようにも読めます。
ならば、詰まるところは靴の専門家、あるいは靴に関する専門機関。そのようなところが「母子健康手帳」を補完するような“モノ”をつくったり、“コト”を行う必要があるということではないでしょうか。

「黄色手帳」〈U7〉ページの比較。左は〈手足〉項目のある2008年当時発行のもの、右が現在発行中のもののサンプル(斜めに配置されているのはサンプルであることを示す文言)。赤の囲みが〈手足〉項目が含まれる〈筋骨格系〉項目。

大谷知子(おおや・ともこ)
靴ジャーナリスト。1953年、埼玉県生まれ。靴業界誌「靴業界(現フットウエア・プレス)」を皮切りに、靴のカルチャーマガジン「シューフィル」(1997年創刊)の主筆を務めるなど、靴の取材・執筆歴は約40年。ビジネス、ファッション、カルチャー、そして健康と靴をオールラウンドにカバーし、1996年に出版した「子供靴はこんなに怖い」(宙出版刊)では、靴が子どもの足の健全な成長に大きな役割を果たすことを、初めて体系立てた形で世に知らしめた。現在は、フリーランスで海外を含め取材活動を行い、靴やアパレルの専門紙誌に執筆。講演活動も行っている。著書は、他に「百靴事典」(シューフィル刊)がある。