大谷知子

子供の足と靴のこと

連載⑤
「リコスタ」が生まれるところ-その2
リーカー社長は言った何が本当の節約なのか?!

ドナウエッシンゲンがどんなところなのか、前回、紹介したが、リコスタ社は、ここで1969年に誕生した。

リコスタ社
ドナウエッシンゲン郊外にあるリコスタ社
(「シューフィル」1998年冬号より)

しかしルーツは、1874年に遡る。同年にドナウエッシンゲンに近いトゥットリンゲンで創業した靴メーカー、リーカー・シューエの子供靴部門が独立し、リコスタが設立されたのだ。

以来、子供靴一筋。今や、年産200万足。筆者が訪問した時、青年の面影を残す好男子だったラルフ・リーカー社長は現在、ドイツ靴・皮革製品工業会会長を務めている。紳士靴、婦人靴より市場規模がずっと小さい子供靴メーカーでありながら、ドイツの靴産業を代表する存在になったということだ。

そして、そうなれたのはクラフツマンシップとイノベーションだ。クラフツマンと言うと、職人、手づくりと繋がり、手でつくったものこそが良い製品であるというイメージを持ちがちだ。しかし、技術に裏打ちされた技能は手で表現され製品となって現れるが、技能が新しい技術を生み出し、その技術がまた新しい技能を生み出すのではないだろうか。

リコスタには、そのように生み出された革新があり、その一つが、DUS(ダイレクト・ウレタン・ソーリング)という製法の導入だ。

DUSのマシーン
DUSのマシーン
(「シューフィル」1998年冬号より)

写真のように大規模な設備なのだが、簡単に言うと、靴の甲部分と底の接合を、底を成型しながら行うという製法だ。従って有害成分を発することもある接着剤を使用せず靴づくりが行える上に、底材料のポリウレタンは軽量で、組織内に小さな気泡を含んでいるため、歩き易い靴に不可欠なクッション性と屈曲性を実現できる。

そして何より重要なのは、子供の足の成長と成長に対する靴の役割を大前提に、靴づくりを行っているということだ。ラルフ・リーカー社長の言葉を紹介しよう。
因みに、この言葉を聞いたのは、通貨ユーロ導入以前のこと。訪問当時のレートは、1マルク=約80円。「リコスタ」の当時の平均ドイツ国内小売価格は、100マルクだった。

「子供の足の成長にとって最も大切なのは、最初の6年間です。この間に靴代を節約し、悪い靴を履かせると、大人になってから足の障害、時には全身の障害になって表れます。
 私は、よくこんな計算をします。1年間に必要な靴を4足とすると、6年間で24足。良い品質の靴は100マルクはするので、6年間で2400マルク。これを節約し50マルクの靴にすると、1200マルク。つまり1200マルクの節約のために、一生の健康を失うとしたら、どっちが本当の節約なのだろうかと」。

大谷知子(おおや・ともこ)
靴ジャーナリスト。1953年、埼玉県生まれ。靴業界誌「靴業界(現フットウエア・プレス)」を皮切りに、靴のカルチャーマガジン「シューフィル」(1997年創刊)の主筆を務めるなど、靴の取材・執筆歴は約40年。ビジネス、ファッション、カルチャー、そして健康と靴をオールラウンドにカバーし、1996年に出版した「子供靴はこんなに怖い」(宙出版刊)では、靴が子どもの足の健全な成長に大きな役割を果たすことを、初めて体系立てた形で世に知らしめた。現在は、フリーランスで海外を含め取材活動を行い、靴やアパレルの専門紙誌に執筆。講演活動も行っている。著書は、他に「百靴事典」(シューフィル刊)がある。