大谷知子

子供の足と靴のこと

連載68 なぜ、足の発達は遅いのか

このコラムは、今回で7年目に入ります。読んでくださっている方に感謝です。続けるということには意味があり、価値と影響力を生むと思いますが、昨年、足育に取り組む団体が10周年を迎えました。
呼称は統一した方がいいのでしょうが、「そくいく」「あしいく」、どちらも存在し、この団体は、「あしいく」と読ませています。そして、「足育」を次のように定義しています。
「足の大切さを知り、足を健康に育てることを、家庭を中心とした日常生活の習慣、特に子育てに取り入れ、実践すること」(日本足育プロジェクト協会活動規約より)
これを具体的に書いてみようか…。
その時、ネオテニーという言葉が、ぽっと浮かんできました。
ネオテニーについては、これまでに2回書いていますが、もっと突っ込んで書いてみよう!
しかしこれは、無謀な挑戦でした。難しすぎたのですが、無謀な挑戦の欠片を書いておきます。

●赤ちゃんザルは、ヒトに似ている
ネオテニー(neoteny)は、進化に関係する言葉です。日本語では「幼形成熟」と言います。そして、その意味は、次のように解説されています。
「幼い形のまま成熟してしまうこと」、あるいは「幼い形のまま成長する過程」
これをもう少し噛み砕き「胎児や幼児に特徴的な形質が成人になってもまだ残っていること」としている解説もあります。
また、「ネオテニーとは、発達の遅滞、あるいは遅延と言い換えることができる」とも。
脳の発達は、25歳くらいまで続くとされ、足の発達も、ゆっくりと進み、完成するのは、20歳前後と言われている。このことからすると、ヒトは、発達が遅滞=遅れている。つまり、まさしくネオテニーなのだ。
また、ネオテニーを形態から立証するものとして、ネオテニーを論ずる書物などに見られるのが、次の画像です。

画像 (左)アシュレイ・モンターギュ著『ネオテニー・新しい人間進化論』
(1986年・どうぶつ社刊)より
(右)インターネットページ「ヒトの進化と異時性」
(高知大学理学部研究発表)より

 

左の画像は、上がチンパンジーの赤ちゃん、下が成体だが、二つは似ておらず、赤ちゃん(=幼体)は、ヒトの成人に似ています。このことからヒトは、チンパンジーの幼体が成熟した、つまりヒトは、チンパンジーのネオテニーだとする記述が多く見られます。
また右は、ヒトの成長の図解です。生まれた時の身長は50㎝弱、1歳で70㎝台。それが成人になると、160㎝、170㎝、それ以上にもなりますが、バランスは変わるものの形態は変わりません。つまり、幼形のまま成体になっている=ネオテニーなのです。

●子どもの期間は長い方が良い
では、なぜネオテニーなのか。言い換えると、なぜ時間をかけて発達するのか。
それは、ヒトの最大にして唯一の特徴である大きな脳と直立二足歩行を実現するためです。
その根拠は、大きな脳については、
早く性的に成熟してしまうと、生殖活動に励むようになり、早い時期に学習する意欲が低下し、脳の発達を妨げることに繋がるから。
大脳の前頭葉の発達には、子どもの期間、つまり学習期間が長い方がいいから。
また歩行については、
動物が生まれるとすぐに立ち上がるのは、立ち上がらなければ、他の動物に襲われてしまう。ヒトには、そのリスクがないから。
ヒトは、生まれると何と向き合わなければならないかと言うと、文化的環境ではないでしょうか。そして、その環境への最初の窓口は、親です。因みに動物の中で子どもは産んでも、親として行動するものは、ほとんどいないそうです。言われてみれば、子ザルの毛づくろいをする親ザルを見たことはありますが、それが子ザルが成体になって以降も続くわけではなく、哺乳類も乳を必要しなくなると親子の関係は消失しているように見えます。
それに引き換え、ヒトは、互いが死ぬまで親子の関係は継続し、小さな頃は、親との接触から多くのことを学び、一人で生きていくためのノウハウを得る。そのためには、親の手を煩わせる期間、つまり一人では自由に動けない幼児期が長い方がいいということになりそうです。
また以下は私見ですが、幼児期は足の筋肉が細いため筋肉ポンプの働きが活発。つまり、血液循環が良く、好循環が長く続くと、それは脳の発達にも影響する。同時に増加する体重を支えられる強固な筋肉・靱帯と骨格を作るために、足の発達は、ゆっくりなのかもしれません。
さらに子どもの期間は長ければ長いほど良いとする学者もいます。その説を唱えたアシュレイ・モンターギュは、その著書の中で、長く持ち続けられるべきネオテニー的衝動として、「愛の欲求」「友情」「感受性」「知る欲求」「好奇心」「想像力」「創造性」「柔軟性」「笑いと涙」などを挙げています。
親がたくさん愛すると、子どもは自分が愛することを覚え、好奇心に素直に反応すると創造性が高まる。そういったことのようです。
靴に興味を示したら、それに素直に応えると、子どもは自ら学び、靴の良い履き方を創造し、その結果、足が健康に育つかもしれません。
最後は、我田引水でした。

大谷知子(おおや・ともこ)
靴ジャーナリスト。1953年、埼玉県生まれ。靴業界誌「靴業界(現フットウエア・プレス)」を皮切りに、靴のカルチャーマガジン「シューフィル」(1997年創刊)の主筆を務めるなど、靴の取材・執筆歴は約40年。ビジネス、ファッション、カルチャー、そして健康と靴をオールラウンドにカバーし、1996年に出版した「子供靴はこんなに怖い」(宙出版刊)では、靴が子どもの足の健全な成長に大きな役割を果たすことを、初めて体系立てた形で世に知らしめた。現在は、フリーランスで海外を含め取材活動を行い、靴やアパレルの専門紙誌に執筆。講演活動も行っている。著書は、他に「百靴事典」(シューフィル刊)がある。