大谷知子

子供の足と靴のこと

連載86 “目の文化”と“足の文化”

本棚から引っ張り出した本が、机や床に積み上がっている。すぐに戻せば良いのに無精の極みです。
その中には、買って来て読まずに放置した“積ん読(つんどく)”の山もあります。
数ヵ月前、突然に整理しなきゃな…という気持ちが沸き起こり、積ん読山を崩し始めると、『足が未来をつくる』(洋泉社刊)という新書が出てきました。
「足」がストレートに書名に記された本は、滅多にあるものではありません。しかも、「未来をつくる」と続く。さらに著者は、海野弘(うんの・ひろし)なのです。
うぁっ、読まなきゃ!速攻でレジに行ったに違いありません。それなのに、それなのに、積ん読とは!情けない…。
遅ればせではありますが、読みました。

●海野弘が論じたこと
海野弘は、評論家。昨春、お亡くなりになられましたが、特に世紀末芸術や都市論で興味深い論評を書かれています。自分も、20世紀末が近づく頃に、19世紀末の芸術をテーマにした著作を読み、19世紀末の芸術運動の躍動や目指したものの創造性に引き込まれ、こんな世紀末が20世紀を招来した。ならば、20世紀末には何が起こり、どんな21世紀がやってくるのかと、わくわくしました。
それで『足が未来をつくる』には、何が書かれていたか。要約してみます。
近代以降の文化に決定的な影響を与えたのは、まず自動車の発明、次に通信、テレビ、そして現代ではデジタル技術がさらに大きなインパクトになっている。これらは、すべて視覚に訴える“目の文化”である。
そして“目の文化”の進展は、“足の文化”を後退させた。分かり易いのが、自動車。
自動車が開発された当時、舗装されていない道を自動車が走ると、土ぼこりが舞い上がり、かつ危険。人は、道から追いやられ、“足の文化”は、後退した。
そんな中でウォーキングという文化が生まれ、現在もウォーキングは注目されている。これは、メインストリームである“目の文化”のサブ、つまり対抗文化としての“足の文化”である。
だが、デジタルの登場によって“目の文化”が圧倒的になった今、目と足が力を合わせること、つまり協同が必要である。
自分は、書斎に籠もり書物、書物の生活をしていたが、ある時、歩き回るようになった。主には、健康上の理由だった。しかし、ある日、見慣れた風景がかけがえのないほど美しいものに見えた。
歩く。その速度は、思考に適し、歩くことが何かを見出させ、未来をつくる。
プルースト、ベンヤミン、あまたの文学者、哲学者、評論家などの言説を引きながら、こんなことが書かれていた。私には、そう思えました。

●歩くことが、考える子どもをつくる
小難しいことを書いてしまったようですが、私には、そうちゃんから感じていたことにリンクしました。
そうちゃんは、「アンパンマン」や「機関車トーマス」、それに新幹線も大好きです。それをいつも映像で楽しんでいますが、テレビ番組ではありません。YouTubeによる配信です。だからいつでも、好きな時に、見たいものが、リモコンをいじるだけで見られるのです。
これは、そうちゃんだけではない。子ども達は、ほぼ例外なく、YouTubeで映像を楽しんでいることでしょう。
そして思うのは、生まれた時からデジタルの海の中にいる子ども達が、どんな人間になるのか。そもそもモノをじっくりと時間をかけて捉え、考えを巡らすようになるのだろうかということです。
その疑問と『足が未来をつくる』が繋がったのです。
やっはり、歩くことです。外に出て、自然を感じながら歩く。そこからデジタル映像では得られないものを感じ取り、思考が引き出されていく。
子ども達を外に連れ出し、歩きましょう。もちろん、良い靴を履いて。

革の画像

 

大谷知子(おおや・ともこ)
靴ジャーナリスト。1953年、埼玉県生まれ。靴業界誌「靴業界(現フットウエア・プレス)」を皮切りに、靴のカルチャーマガジン「シューフィル」(1997年創刊)の主筆を務めるなど、靴の取材・執筆歴は約40年。ビジネス、ファッション、カルチャー、そして健康と靴をオールラウンドにカバーし、1996年に出版した「子供靴はこんなに怖い」(宙出版刊)では、靴が子どもの足の健全な成長に大きな役割を果たすことを、初めて体系立てた形で世に知らしめた。現在は、フリーランスで海外を含め取材活動を行い、靴やアパレルの専門紙誌に執筆。講演活動も行っている。著書は、他に「百靴事典」(シューフィル刊)がある。