大谷知子

子供の足と靴のこと

連載85 「革」について知って欲しいこと。

靴にとって最良の素材は、何でしょうか。
私は、革であると考えます。
その理由は、以下に述べる特性を持っていることによりますが、まず、革とは、何なのか。
革とは、動物、主には牛や豚の皮膚を鞣した素材のこと。英語にすると「skin(皮膚、あるいは表皮)」、これを鞣すと「leather(革)」になります。鞣す前は「皮」であり、鞣すと「革」になるのです。
また、「鞣す」とは、皮は生ものなので、そのままでは腐ったり、変質してしまいますが、そうならないように薬品を用いて加工することです。
そして鞣して革になると、次のような特性を獲得します。
柔軟性=鞣すとは、皮膚のいちばん表にある毛を取り除き、主成分であるコラーゲン繊維の構造を安定化させることですが、これによって皮膚本来が持っている柔らかさが現れます。
吸放湿性=コラーゲン繊維は複雑に絡み合っており、この隙間に湿気を溜め込み、周囲の湿度が下がると溜め込んだ湿気を放出します。従って、革製の靴は蒸れません。子どもは、新陳代謝が活発なため足も汗っかきです。子どもこそ、革靴を必要としていると言えます。
可塑性=例えば型に革をかぶせ力を加えると、その形に変形し、変形後の形を維持します。靴が足を模した立体を維持しているのは、この特性によります。また、履き続けると、足に馴染んでくるのも、可塑性を有しているからです。
保温性=革にはごく微少の穴があいており、そこに空気を含んでいるため、冷たい空気を遮断し温度を保てます。
この他、熱に強い耐熱性、丈夫で長持ちの耐久性など、革は、多くの特性を持っています。

革の画像

●JISが「革とは何か」を規定した
さて、なぜ突然、革の特性などを書いたのか。
それは最近、ヴィーガンレザーを筆頭にマッシュルームレザー、アップルレザー、さらにパイナップルレザーなどと、いろいろなレザーが登場し、何がレザー、つまり革なのか、分からなくなる状況があるから。そしてこうした状況をきちんと整理しようと、この春、JIS(Japanese Industrial Standards=日本産業規格)で「革(レザー)」という用語が、明確に規定されたからです。
では、JISは、革、及びレザーをどう規定したのでしょうか。
「皮本来の繊維構造をほぼ保ち、腐敗しないようになめした動物の皮」
動物由来のものを、革、及びレザーとするとしたのです。
ヴィーガン(vegan)とは、「完全菜食主義者」のことですから、ヴィーガンレザーは広く非動物性であることを意味すると言えましょう。また、先に挙げたマッシュルーム、アップル、パイナップルは植物です。従ってJISの用語規定に従うと「レザー」としてはいけないのです。
但し、「革」「レザー」を含む用語のいくつかに特例を設けています。親しみのある用語では、「合成皮革・人工皮革(不織布や特殊不織布、合成樹脂などを使って革の見た目に似せたもの)」は、動物由来ではありませんが、「革」の使用を認めています。
今回のJIS「革(レザー)」用語規定は、国際的な流れに合わせたものです。ISO(International Organization for Standardization=国際標準化機構)が2019年に、何をレザー(革)とするかを規定、またイタリア、フランスなどでは、既に法制化されています。
JISは、法規、例えば家庭用品品質表示法とかに引用されない限り、強制力を持ちません。だから今後も、石油由来なのに“レザー”としている製品が出て来る可能性もあります。賢い消費のためには、JISの規定を多くの方が知っておくべきと思い、子ども靴から離れますが、紹介しました。
もう一つ、付け加えると、ヴィーガンレザーなどが注目されるのは、牛や豚の皮から製造される革は、動物福祉に反する。また、牛のゲップに含まれるメタンガスが温室効果ガス排出量に占める割合がニュースになる。この背後には、革を退ける風潮があると言えます。
でも、肉が製造されるだけ、皮は生まれます。肉を食べることと皮が生まれることは直結しています。
人は、その皮を廃棄することなく、加工して活かすことを発見した。その発見が鞣し技術であり、その技術によって生まれたのが革。革は、最古のリサイクル製品であることを、多くの人が認識して欲しいものです。

 

大谷知子(おおや・ともこ)
靴ジャーナリスト。1953年、埼玉県生まれ。靴業界誌「靴業界(現フットウエア・プレス)」を皮切りに、靴のカルチャーマガジン「シューフィル」(1997年創刊)の主筆を務めるなど、靴の取材・執筆歴は約40年。ビジネス、ファッション、カルチャー、そして健康と靴をオールラウンドにカバーし、1996年に出版した「子供靴はこんなに怖い」(宙出版刊)では、靴が子どもの足の健全な成長に大きな役割を果たすことを、初めて体系立てた形で世に知らしめた。現在は、フリーランスで海外を含め取材活動を行い、靴やアパレルの専門紙誌に執筆。講演活動も行っている。著書は、他に「百靴事典」(シューフィル刊)がある。